top of page

おちめんと、学校だった宿の話

​千年の歴史・北の玄関口

高知県と愛媛県の県境にある梼原町は、「雲の上の町」とも呼ばれる山あいの小さな町です。

 

平安時代に切り拓かれ、坂本龍馬が脱藩のときに通った道が今も残ります。町の9割が森林で、建築家・隈研吾さんが設計した木の建物がいくつも建っています。


その町の北の玄関口、四国カルストのふもとに広がるのが、越知面(おちめん)区です。

四百年踊り継がれる、祈り

例年8月20日、遊友館の裏にある善福寺跡で、念仏踊りが奉納されます。


慶長2年(1597年)、越知面の領主の孫が、キリシタンの魔法使いとされ、村人の話し合いの末に命を奪われました。その3年後には津野家最後の領主が切腹。以来、不作の年が続き、村人たちはこれをたたりと恐れて、霊を慰める念仏踊りを始めたと伝えられています。


慶長5年(1600年)ごろに始まった踊りは、420年あまり途切れることなく受け継がれてきました。昭和44年に梼原町の、令和6年に高知県の保護無形民俗文化財に指定されています。

 

地区の外から見に来ることもできます。

おちめんの恵み

アメゴ

梼原川にすむ在来種のアメゴを、消毒剤や薬品を使わずに育てています。

 

水温や水質をセンサーで見守る「スマート養殖」も取り入れ、次の世代へ技術を引き継いでいます。

桑の葉、炭、みそ

かつて盛んに育てられていた桑の葉を使ったお茶やスイーツ、地元の木を丁寧に焼いた炭、梼原の定番・ししまるみそ。

 

地区の人たちの手で、さまざまな特産品がつくられています。地域の女性グループ「チームシルク」の活動は、第16回地域再生大賞で優秀賞を受けました。

学校から、遊友館へ

地区の子どもたちが通った越知面の小中学校は、2011年に閉校しました。

​

学校がなくなり、受け継いできた行事を守る人も減っていく。高齢化率が5割を超えるなか、住民たちは自分たちの手で地区を支える仕組みづくりを始めます。

 

2016年3月、集落活動センター「おちめん」が開所。その拠点として、かつての校舎が宿に生まれ変わりました。

二階の教室は眺めのいい洋室に、保健室などは和室に。体育館とグラウンドは今も現役で、合宿に来た学生たちの声が響いています。

 

宿を切り盛りしているのは、この地区に暮らす人たちです。

​

四百年の踊りと、学校だった宿。おちめんで1日を過ごしてみませんか。

©2021 by 遊友館

bottom of page